2019年3月発行わんわん通信No27コラム
犬の所有権
散歩中に自分の犬を何度も蹴り上げる飼い主の動画がネットで流れて物議を醸し、TVでも報道されて非難が集まっていましたが、愛犬家の皆さんも目にされたのではないでしょうか。この犬は、みかねた愛護ボランティアがレスキューしたのですが、飼い主は返還を要求しているようで、現在の法律上、返さなければならないかもしれないようです。
犬部でも数年前に、保健所から引き出して1ヶ月後に飼い主が現れた犬がいました。その老犬は、保護された時に既に腹水が溜まった状態で、一時預かりさんの元に行ってすぐに瀕死の状態に陥りましたが、献身的な介護と医療で日に日に元気を取り戻していました。そんな時に保健所から飼い主が現れたと聞き、「なぜ今頃?」と腹が立ちましたが、“一生懸命探していた”“引き取って最後まで飼いたい”と言っているというので、預かりさん母娘が返還に行きました。が、会って話してみると、犬部が貼った捜索ポスターを見た近所の人に、「お宅の犬でしょ?」と言われて世間体上引き取りに来た感じ。犬のことをほとんどみていないようで、いなくなったことにもなかなか気づかず、腹水がたまっていることも知らず、「フィラリアって何ですか?」という状態でした。それでも犬にとっては長年一緒に過ごした飼い主の元で犬生を全うするのが幸せだろう、と預かりさんは自分に言い聞かせて、犬を飼い主に渡そうとしました。そうしたら何と、あの死にかけて感情表出もほとんどなかった犬が、グッと足を踏ん張って行こうとしないのです。それでも「帰るよ!」と車に引きずって行こうとする飼い主さんを見かねて、預かりさんの娘が前から犬を呼んでやっと犬は車に乗り込みました。毎日毎日可愛がって、尻尾を振って喜んでくれるようになった犬を、手離すために呼ぶのはどんなに辛かったことだろうと思います。
その晩、預かりさんから一部始終を聞いて、「あの家でこれから暮らす犬のことを思うと眠れない」という預かりさん母娘の思いを聞いて、私はこの犬をもう一度犬部に取り戻す決心をしました。老犬になるまで暮らした飼い主さんを嫌がるというのは、よほどのことです。幸せにするために助けたのに、これでは地獄に戻すようなものです。しかしながら犬の所有権は飼い主にあります。ここは犬の幸せのために、頭を下げるしかない、と預かりさん母娘と奪還に行きました。
近くまで行って電話をすると、仕事で遠くに出ていて今家にいないとのこと。「何ですか?」と警戒していた飼い主は、「犬を引き取って最期までみてあげたい。」と言うと明らかに声のトーンが変わり、手離したいと思っていることが伝わってきます。それでもさすがに家にいないのであれば改めて出直すしかないと思っていたら、「近くに妹がいるから頼めばいい」と言うのです。このままこの犬に会うことなく別れることに何の躊躇もない、やはりそういう飼い主なのです。ほどなく、飼い主の妹という人が小学生の孫二人と、炎天下の中、犬を連れてきました。犬はサッサと預かりさんの車に乗り込み、振り返ることもありません。そして所有権放棄の手続きをしていると、孫たちが聞きます。「どこいくの?」飼い主の妹は「この人たちが飼ってくれるんだって。」これまで何度か遊んだこともあったであろう孫たちは、「ふーん、バイバイ。」と手を振ります。ケージに入った犬に話しかけていた預かりさんの背中が怒りに震えていました。この人が年をとった時に、子どもやこの孫に同じように捨てられるでしょう。
飼い主に反省させなければ解決にならない、最期まで飼い続けさせなければいけない…というご意見もあるでしょう。でも、私たちには飼い主に責任をとらせるために、この犬の不幸を続けさせることはできませんでした。命あるものに対する「所有権」には、もっと責任や義務を法律でうたってほしい。犬を蹴り上げる人や、いなくなっても1ヶ月以上放置している人から犬を保護できる法整備に、私たちボランティアも声をあげていかなくては…と思っています。