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​2019年11月発行わんわん通信No29コラム

​保護犬というブランド

 テレビや新聞・雑誌などで「保護犬」「保護猫」という言葉を見聞きすることが増えてきました。特集番組や特集記事も珍しいことではなく、天皇家の犬が保護犬であることや、国会議員との結婚で話題になった滝川クリステルさんが保護活動をしていることなどが、タイムリーな話題として取り上げられたりもしています。こうして「保護犬」という言葉が市民権を得て、保護活動について知る人が増えることは、ボランティアとしてとてもうれしいことです。

 その一方で、ボランティアの間で「保護犬ブランド」ということばが否定的なニュアンスで聞かれるようになりました。血統書付や、はやりの犬種、希少価値のある犬種、と同じように、「保護犬」がひとつのブランド化しているというのです。「保護犬ブランド」ということばには、自分の犬が保護犬であるということ、保護犬を家族に迎えたということが、流行の先端で他に自慢できるキーワードのようになってきていることへの違和感がこめられています。

 保護犬を飼うということは、ペットショップで買う・ブリーダーで買うのではない、第3の選択肢です。保護犬のほとんどは成犬で、血筋もこれまでの飼育経緯もわからない。ただ目の前の犬を受け容れて、これからの犬生を最後まで家族として守る覚悟と、人間の勝手で殺処分にされてしまうことから命を救うという思いが必要です。犬部から譲渡をした里親さんのほとんどは、この覚悟と思いをもって里親になってくださっていると感じます。でも確かに近年、問い合わせの電話等で、「保護犬ブランド」を求めているのではないかな、と思われる方も少なからずいらっしゃいます。

「友達が保護犬を飼っているから私も保護犬がいいかなと思って」という方は、「1歳未満で○○と○○のミックスの犬がいいんですけど…」と続けます。「いない」と答えると、「また出たら教えてください。命を助けたいので…。」とのお返事。特定の犬種の命だけを助けたいのでしょうか?

「命をお金で買うのはいやなので、保護犬を迎えようと思っていたんです」という方は、「犬にはお金をいただかないけれど、不妊手術代や登録代はいただきます。」と言うと、「保護犬なのにそんなにお金がかかるんじゃ考えちゃうなあ。」と迷います。お金で命を買うのはいやでも、命を守るのにはお金がかかります。保護犬はお金のかからない犬なわけではありません。

 人間の勝手で犬猫が殺処分されてしまうことは、誰にとっても良いことではないはずですが、だからといって全ての人が保護活動ができるわけではありません。だいじなことは、保護犬であってもペットショップで買った犬であっても、犬を飼うのであればその犬が天寿を全うするまで、きちんと責任と愛情をもって人間が守るということです。それができるかどうかを考えた上で、犬を飼わないという決断をすることも含めて、自分が責任を持てる行動をすることが、だいじな保護活動だと思います。「保護犬」という種類の犬を手に入れることに価値があるわけではないのです。保護犬を家族に迎えて、どこへ吹聴することもなく、時には問題行動に悩まされたり頭を下げたりしながら、昔からその家の犬であったかのように当たり前に日々共に暮らしてくれている、多くの里親さんたち。この人たちこそ、尊い愛護活動家だと思えてなりません。

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